収録:1984年
出演:エレイン・クドー、ミハイル・バリシニコフ
発売:Kultur (輸入盤)
「オールスター・ガラ」で上演される1984年初演の《シナトラ組曲》は、フランク・シナトラのヒットソング5曲にのせて1組の男女が踊る、しゃれた小品。'76年にサープ自身とミハイル・バリシニコフが踊った《ワンス・モア・フランク》と、'82年にサープのカンパニーで初演された《ナイン・シナトラ・ソングス》を原形としている。サープとバリシニコフのコラボレーション作品には名作が多いが、これもそのひとつで、しっとりと心に残る粋な作品だ。
舞台は、パーティが開かれている邸の中庭といったところだろうか。星空の下、黒いドレスの女性とタキシードの男性が惹かれあい(〈夜のストレンジャー〉〈オール・ザ・ウェイ〉)、いさかいを起こし(〈ザッツ・ライフ〉)、再び寄り添ったものの女性は去り(〈マイ・ウェイ〉)、男性はひとり残される(〈ワン・フォー・マイ・ベイビー〉)という経緯が、ロマンティックにコミカルにペシミスティックに、社交ダンスのステップをもとにした振付で描かれる。
エレイン・クドーとバリシニコフのカップルは、社交ダンスの型を基本にしつつ、休みなくエネルギッシュに踊るなかで、お互いの感情を交差させていく。一方、最後のバリシニコフのソロは、がらっとスタイルが変わる。酔いの回った男が、メランコリックで自嘲的な心情を、日常的な何気ない仕草とバレエのステップを組み合わせた動きで自在に表現し、最後は上着を拾って、過去と決別するように門から出て行く。現代作品に積極的に取り組んだバリシニコフならではの、豊かな感情表現とみごとなステップに幻惑される。
この作品では特に男性ダンサーの魅力が光る。来日公演ではABTを代表するプリンシパル、ホセ・カレーニョとアンヘル・コレーラが踊る予定だ。ともにテクニックは抜群、タキシードもよく似合いそうで、古典作品とはひと味違った粋な大人の男の世界を創り上げてくれるに違いない。(R)
シナトラ組曲はこのペアが踊る!
7/17:ルチアーナ・パリス /ホセ・カレーニョ
7/18:ミスティ・コープランド/アンヘル・コレーラ
2008年07月07日
DVDで観る≪シナトラ組曲≫

2008年07月03日
DVDで観る《海賊》
収録:1999年
出演:ジュリー・ケント、イーサン・スティーフェル、ウラジーミル・マラーホフ、アンヘル・コレーラ、ホアキン・デ・ルース、パロマ・ヘレーラ
発売:ワーナーミュージック・ジャパン
《海賊》というと、日本ではマリインスキー・バレエのピョートル・グーセフ版がおなじみ。最近では、熊川哲也がKバレエで新版を発表して話題になった。荒唐無稽な冒険活劇調ストーリーと異国情緒、豪華なセット、華麗な踊りと、《ドン・キホーテ》とならんで古典バレエの娯楽性が満喫できる、ロシア系のバレエ団以外ではめったに取り上げられないのが不思議なくらいの楽しいスペクタクル・バレエだ。
ABTのコンスタンチン・セルゲーエフ版は、グーセフ版と主要登場人物、大まかな筋書きは同じだが、プロローグとエピローグの設定が逆だ。グーセフ版では船が難破して、海賊たちが陸に流れ着いたところから物語が始まり、最後、海賊は娘たちを連れて意気揚々と船出する。セルゲーエフ版では海賊は物見遊山的にトルコに着き、騒動の後、海に出たものの嵐にあって難破し、コンラッドとメドーラのカップルのみが生き延びる。この設定は1856年初演時の台本にのっとっているが、ハッピーエンドの楽天的な物語としては、グーセフ版のほうが似合っているように思えなくもない。
セルゲーエフ版の大きな魅力は、男性キャラクターたちが踊りでも演技でも大活躍するところだ。彼らが剣や銃を携えて踊ったり戦ったり、迫力のある行動で物語を導いていく。通常、女性が主役の古典バレエでは、こういう構成は珍しい。
また、ひとりひとりのキャラクター設定がはっきりしているために、ストーリーがわかりやすい。海賊でありながら誠実な好青年コンラッド(イーサン・スティーフェル)、こずるくて頭の回るランケデム(ウラジーミル・マラーホフ)、気性の荒い悪役ビルバント(ホアキン・デ・ルース)、控えめで主人に忠実なアリ(アンヘル・コレーラ)、コンラッドに似合いのヒロイン、メドーラ(ジュリー・ケント)、世慣れたギュリナーラ(パロマ・ヘレーラ)。特にコンラッドは踊りの見せ場が多く、主役としての存在感が抜群だ。逆にアリは、第2幕のメドーラ、コンラッドとのパ・ド・トロワでおなじみのヴァリエーションとコーダを披露する以外、踊りの面ではあまり目立たないが、DVDではコレーラが超絶技巧で強烈な印象を残す。マラーホフ演じるランケデムは、パシャとのコミカルなやりとりと、うっとりするようなテクニックの踊りで燦然と光り輝いている。
もちろん女性陣にも見せ場がある。第1幕の3人娘(ひとりはジリアン・マーフィー)の踊りと第3幕の花園の踊りで、プティパ作品らしい端正で華やかな古典の踊りを堪能させてくれる。
マーフィー
こうしてみるとこの《海賊》、男女ともに陽気なテクニシャンぞろいのABTに実にぴったりの、見応え十分の快作だ。アメリカで人気の演目というのが納得できる。来日公演では毎回キャストが交替するので、何パターンもの《海賊》が楽しめそうだ。(R)

2008年06月17日
DVDで観るマッケンジー版《白鳥の湖》
収録:2005年2月、ワシントンDCのケネディ・センターにて
今回の来日公演で上演される、芸術監督ケヴィン・マッケンジーが2000年に発表した《白鳥の湖》は、伝統的なプティパ/イワノフ版の要所要所に独自の演出を加えた力作だ。そこに一貫しているのは、物語を合理的に進め、わかりやすく伝えようという工夫。たとえば、プロローグには美しい娘オデットが悪魔ロットバルトによって白鳥に変えられる場面を挿入し、第1幕では王子の友人ベンノと女友だちのパ・ド・トロワ、王子のパ・ド・ドゥと華やかな踊りを続けて王子の享楽的な生活を示したあと、憂いに満ちた対照的なソロで彼の満たされない心を表している。
そして、悪魔ロットバルトがこの版の陰の主役ともいえる活躍を見せることが目を引く。オデットとオディールをひとりのバレリーナが演じるのとは逆に、ここではロットバルトをふたりのダンサーが演じる。悪魔の本性を表す場面では『スターウォーズ』の悪役かバレエ《ワルプルギスの夜》の悪魔かといった、角の生えたおぞましい魔物として登場し、オデットや王妃に近づくときには、《ライモンダ》のサラセンの騎士アブデラフマンのような、濃いフェロモン男に変身して、女性の警戒心を失わせる。第3幕ではずうずうしく王妃の隣に座り、堂々とソロまで披露する。王妃をうまく惑わして、王子のオディールへの求婚をすんなりと認めさせてしまうのだ。
エンターテインメント性豊かな演出には見所が多く楽しめるが、さらに際だっているのが踊り手の熱演だ。オデット/オディールのジリアン・マーフィーは、はかなげな美貌に繊細な表現、強靱なテクニックを兼ね備え、王子のアンヘル・コレーラは抜きん出たテクニックは当然として、感情表現の豊かな演技がすばらしい。ラテン系髭面ロットバルトのマルセロ・ゴメスはダークな魅力全開で、第3幕のソロは圧巻。第3幕では各国の踊りも見応えがあり、中でもカルロス・ロペスとクレイグ・サルステインによる〈ナポリの踊り〉は、超絶技巧の連続で息をつく間もないほどみごとだ。
ジリアン・マーフィー
そして、バレエ界の大御所がふたり、舞台に花を添えていることにも注目したい。1960年代に英国ロイヤル・バレエで活躍し、ABTでバレエ・ミストレスを務めていたジョージナ・パーキンソンが王妃、1914年生まれで'30年代からバレエ・リュス・ド・モンテカルロ、英国ロイヤル・バレエなどのスターだったフレデリック・フランクリンが王子の家庭教師ヴォルフガングを演じている。過去にもこういった大ベテランの演技が財産として蓄えられ、バレエ団の歴史に厚みを加えてきたのだろう。ABTが現代的でありながら、長い歴史に支えられた団体であることを再認識させられる。(R)
